大阪市天王寺動物園協会誕生秘話 50年目の誓い

大阪市天王寺動物園は、市民をはじめ、府下および他県からリクリェーションの場、また教育現場として、広く活用され近年は170万人以上の人々が訪れる大阪市を代表とする集客施設で、動物を通じて、子どもたちに命と平和の尊さ、大切さを教え・学べる大都会の真っただ中にある自然の残る貴重な場所として注目されています。

 

1.戦争中の悲しい出来事

のような動物園の生い立ちも、苦しい、悲惨な時期もありました。特に戦争中、かわいがられていたゾウや人気のあった猛獣達(ライオン・トラなど)を処分しなくてはならなく、他の動物はエサがないため、次々と餓死して亡くなっていった悲しい出来事もありました。終戦直後の動物園は、猛獣舎(ライオン・トラなどの動物舎)にブタが入り、動物園内は芋畑化していき、「静物園」と陰口をたたかれるほどの惨憺(さんたん)たる光景でした。

 

2.大阪アニマル会の誕生

昭和25年ごろから、新しくゾウやライオンが入園するようになり、動物園らしいにぎわいがもどってきました。この状況の中、動物愛護精神の普及と動物園発展のための支援・協力を目的とした有志が集まり、昭和274月「大阪アニマル会」が組織されました。  

大阪アニマル会は「動物園の春・秋行事への協力」「各種刊行物の発行・配布」「動物写真や動物の児童画コンクールの協賛」など動物園の普及・啓発に、13年間にわたって成果を上げてきました。

 

3.天王寺動物園の進化

その後、日本経済の著しい発展と社会生活安定にも支えられ、動物園は、リクリェーション施設としての重要性が認識されはじめました。呼応して天王寺動物園においても、戦前からの檻(おり)式動物舎から動物をより自然に近い姿で見ることができるようにほとんどの施設を無柵放養(むさくほうよう)式に改善工事をしました。

 

4.大阪アニマル会から大阪市天王寺動物園協会へ

開園50周年に併せて、大阪アニマル会は組織を改編し、昭和404月をもって「大阪市天王寺動物園協力会」に名称を新ため、一切の事業を継承するとともに、開園50周年の盛大な記念行事も協力会が総て後援するなど、動物園事業に大いに寄与いたしました。

また、協力会は、昭和404月現在の天王寺動物園広報誌「なきごえ」創刊号を発刊しました。

大阪市天王寺動物園協力会は、動物園には必要な後援団体として、発展してきましたが、任意団体のため、今後の会員獲得、会費、事業面の拡大等に関して何かと支障、限界がありました。そこで、昭和4251日社団法人大阪市天王寺動物園協会を設立に至りました。

 

5.大阪市天王寺動物園協会100年目の誓い

天王寺動物園は、平成2年から「ZOO21計画」を押しすすめ、平成5年には、ハ虫類生態館(アイファー)の建設が始まり、カバ舎、サイ舎、アフリカサバンナゾーン草食動物エリア、アジアの熱帯雨林ゾーンを建設し、平成17年に天王寺動物園開園90周年を迎え、平成18年にはアフリカサバンナ肉食ゾーンを建設し、動物の生息環境を再現し展示する「生態的展示」を完成しました。当協会としても、平成27年天王寺動物園開園100周年に迎えた天王寺動物園の発展のために、後援・協力を行って行きます。

 

6.一般社団法人 大阪市天王寺動物園協会へ移行

当協会は平成26年4月1日民法の改正で「より一層社会に貢献する団体」として天王寺動物園の発展に寄与し魅力向上につながる事業及び公益性の高い活動を行い、季刊誌「なきごえ」の充実、インターネット上で天王寺動物園の情報など入園者に十分な満足提供を行う使命感の重い団体に移行いたしました。

 

7.天王寺動物園100周年を迎えて

1915年(大正4年)1月1日に開園した天王寺動物園は2015年(平成27年)100周年を迎え、ナイトZOOなど多彩な行事を行い、市民より好評を得て来園者も170万人を超え、わが国動物園の中で入園者数は第3位に躍進しています。当協会は羊年に当たり羊2頭(マッサン、エリー)を寄贈しました。